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zoom RSS 【あの日から5年】福島アートの旅 - 完結編

<<   作成日時 : 2016/05/11 23:53   >>

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http://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12159206755.html
2016年5月11日

《転載開始》

「あの日」から、5年と2ヶ月・・・

5月に入ってから、色々と立て込んでいて、
イベントに合わせたブログ記事も、
かなり無理して書いています。

その間、まともに「いいね返し」もできていません。

東京国際フォーラムでのノスコフスキの作品の演奏会に合わせた記事、
ノスコフスキの作品の演奏会鑑賞、「こどもの日」に合わせた記事、
こどもの日にコミティア訪問と、「旧ソ連時代のアートアニメ」鑑賞、
「母の日」に合わせた漫画執筆とブログ記事公開などなど・・・。

その締めが、11日に合わせた、「福島アートの旅」の記事「完結編」です。

これが終われば、取り敢えずは落ち着きます・・・・・否、

・・・・・デザフェス訪問も14日に控えております!!

それで、ようやく、落ち着きます。

前回の記事から現在までの間には、
熊本や大分に跨って発生した、「熊本地震」がありました。

それを受けて、義援金の支援や、
「くまモン頑張れ絵」の制作をさせていただきました。

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【イラスト】スーパーサイヤくまモン(くまモン頑張れ絵)
2016年4月20日

実は、一つの画面に、くまモンだけでなく、
大分のゆるキャラ「かぼたん」や、
いわき市のゆるキャラ「くまんま」(「アグリン☆ファイブ」の一員)
も同居させたイラストを描くつもりでしたが、
敢えてくまモンだけにしました。

・・・・・で、実はですね・・・

私は、熊本地震の少し前に、意味深なツイートをしているのです。



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Twitter

3月24日の呟きですが、まさかこの後、
熊本の大震災が来るとは夢にも思いませんでした。

でも、不安がらせようというつもりはありません。

311前は、何でも専門家や権威任せで、
我々一般庶民は自分では何も考えない、
という感じだったかと思いますが、その日を境に、
自分で調べて考えて行動する人が増えたかと思います。

起きた事に関しては、仕方が無いし、
前向きにやれる事をやるしか無いと思います。

「不謹慎狩り」については、実は、IPを調べたところ、
ほんの数人が炎上させていただけだったという話もあります。
日本人の民度は相変わらず高いと信じたいです。

それでは、最終回を行ってみましょう!!

今回も、画像多めで失礼いたします。

《過去記事》
【あの日から5年】福島アートの旅 - その1
2016年3月12日
【あの日から5年】福島アートの旅 - その2
2016年3月23日
【あの日から5年】福島アートの旅 - その3
2016年4月11日





・3月11日 いわき 早朝

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私の宿泊したホテルの1階に居酒屋があり、朝食はそこで摂ったのですが、
芸能人の色紙がレジの付近にいっぱいありました。

知らなかったのですが、芸能人御用達のお店なのでしょうか?

その中でも特に目を惹いたのは、春風亭正太郎さんの色紙。

ドンチャックみたいな自画像が気に入ったので、
お店の許可を戴いて撮影しました。

ケモナーでしょうか?

漫画も描けるということですね。

もし落語で食えなくなっても、
コロコロコミックかどこかで漫画の連載でもさせてくれたりして・・・?

調べてみると、「落語界のカピバラ」と呼ばれているそうで、
だからこんな自画像を描いている様なのです。

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・いわき駅 → 四ツ倉

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まずは、おふくろの生まれ故郷である、四ツ倉を訪問。

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四ツ倉は「亀の町」なのだそうですが、調べてみたところ、
浦島太郎の物語の舞台なのだとか。

つまり、浦島太郎が亀を助けたのが、
四ツ倉の海岸ということ。

知らなかったです・・・。
浦島太郎の誕生地 - いわきの伝説と民話

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「じゃんがら念佛」とは、「お盆の期間中、
かねと太鼓を鳴らしながら独特の節回しで念佛をとなえ、
新盆の家々をまわるじゃんがら念佛は、
四ツ倉出身の名僧「祐天上人」により教えられたと伝えられています」
とのこと。

祐天上人は、寛永14年(1637年)生まれ、
享保3年(1718年)、82歳で没。

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「海水浴場」と出ていますが、後述する様に、
現在は無残な事になっています。

ペンキの剥がれ具合が哀愁を誘います。

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取り敢えず海岸に出てみようとしたものの、ご覧の通り出られません。

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道路を建設中だとか。

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手前は古い堤防ですが、右上に見えるのが建設中の新しい堤防。

私思うんですけど、海が見えず、だけど、
特に高いでもない微妙な高さの堤防の建設に意味があるのだろうか?

無理して中途半端な堤防を作るよりも、海が見えたほうが、
津波が接近するのが見えるので対処しやすく、
ずっといい気がしますが・・・。

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辛うじて海が見える場所発見。
でも、堤防が完成すると、見えなくなります。

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見所というのは残念ながら余り無いのですが、
「道の駅」があります。

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「道の駅」の1階と2階をつなぐ階段の中間の踊り場付近に掲げてあった、
漫画による説明パネル。

見た感じ、10代くらいの漫画の心得のある人が描いたっぽい?

恐らく地元の人が描いたのでしょう。

未来の漫画界を担う逸材として活躍する事を、
勝手に願って応援しています。

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この三本の松について、何か説明書きがあった様な無かった様な・・・。

もう2ヶ月も前の事なのではっきりとは憶えていませんが、
この「三本松」は四ツ倉の名物の一つとして紹介されていた様な・・・。

違っていたらすいません。

「祐天上人」の生家がどうのこうのという看板もあったのですが、
その場所を探してみたものの、よく分かりませんでした。






・四ツ倉 → いわき駅周辺

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四ツ倉から再びいわき駅周辺に戻って参りました。

そして、残りの訪問場所を訪問。

まずは「小野美術」さんを訪問。

美しい和柄の織物とそれを用いた製品を展示していました。

ブログで宣伝したい旨を伝えたところ、快くOKをくださいました。

外装の画像は、許可を得て撮影。

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「いわき市立美術館」を訪問。

「市美展」がやっていました。

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念願の「いわき市立美術館友の会」会員となりました。

「1番」が丁度欠番だったので、「1番」にならせていただきました。

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「ギャラリー界隈」さんを訪問するも、お休みでした。

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東京への帰り際、いわき駅北口周辺はどうなっているのだろう?
と思って軽くぶら〜り。

まず目に入ったのは、「鈴木辰三郎像」。

鈴木辰三郎とは、明治10年(1877年)、
石城郡高久村(現在の、いわき市中央部(平地区))生まれで、
村会議員→石城郡会議員→福島県会議員→衆議院議員
となった、名士だそうです。
鈴木辰三郎 - ぶらり重兵衛の歴史探訪2

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「磐城平城本丸跡地」の案内看板。

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鈴木辰三郎像の近くに「龍が城美術館」の案内看板があったので、
探し出したのですけど、閉まっておりました。

時間的に開いている筈なのですが。

Twitterでも、「何故か閉まってる」的な呟きを見た様な・・・。

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「龍が城美術館」のすぐ近くで、
震災復興祈願のお神楽?が開催されていました。

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「旧 平城 本丸界隈」の案内看板。
古文書の俯瞰図でしょうか?

お神楽開催地の入口にて。

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いわき駅前での「311」記念イベントのステージ。

雨が降ってきたので、中止になったのでしょうか?

それとも既に終了していたのでしょうか?

状況がよく分かりませんでした。





・いわき → 東京

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東京に到着後、「MEGUMI OGITA GALLERY」での
杉田陽平氏の個展「the intergalactic」のオープニングにお邪魔。

本当はこの後、新宿眼科画廊の「視展」のオープニングにも
お邪魔する予定でしたが、メグミオギタギャラリーには2種類あって、
私は誤ってもう一つの方に行ってしまい、
時間を大幅にロスしてしまいました。

なので、杉田陽平氏の個展の打ち上げに参加して、この旅行は終了。

「視展」は最終日にお邪魔しました。

これらの展覧会にお邪魔した理由は、
オープニングの日が被っている事の他に、
杉田氏とは面識があり、
「視展」にも面識のある画家が作品を展示しているからです。





そんなわけで、「福島アートの旅」の記事を終了します。

長々と失礼いたしました。

来年は、福島市や「二本松少年隊」の像などを訪問予定。

これからの自分、福島、世界、人類、地球の事を考え、
自分一人でもできる事を模索、追求していきたいと思っております。

・・・っと、最後にコレを・・・。

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福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU TOKYO

東京生まれだけど福島をルーツに持つ私にも関わらせて欲しいですね。

あと、これも忘れてた・・・。

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母の田舎からよく贈られてきていた「ウニの貝焼き」。

311の震災後からは、工場が津波でやられたのか?
贈られてこなくなりました。

画像の貝焼きは、最後に残ったものを冷凍していて、
それを解凍したもの。





【追記】
こんなのもありました!!

画像
福島県いわき市地域活性プロジェクト【MUSUBU】

私にも関わらせてくれよ!!

一応体の半分は「いわき人」だぞ俺!!

《転載終了》

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